天創館掲示板

【SS】夢の在処 - すこまる

2010/08/01 (Sun) 22:06:29

「お願い」と言われて、どうせろくなお願いじゃないと解っているのに結局ここに居る自分の性格がつくづく恨めしい。
今日こそは部屋を徹底的に掃除して模様替えしたり、水鏡で噂になっていたけれど興味ない振りをしていたスイーツショップでアフタヌーンティーを楽しんだり、ゆっくりとお風呂に入って体と心を磨いたりと、とにかく誰にも邪魔されず自分自身の為だけの自由な気分を満喫するつもりだったのに、なぜ貴重な休日が母に蹂躙されていくのだろうか。
「で、何なの? 毎日ハードワークをこなす可哀想な娘の貴重な安息日を奪うに足る用件なのかしら?」
「えー、安全日? つまんなーい。せっかく西南君でも呼んで……」
「呼んで何するつもり?」
 目の前のソファーにランジェリー姿でだらしなく寝そべる母を睨みつけた。瀬戸様だって自室でそんな格好しないわよ、全く。
「な、なによぅ。そんな目で見ないでもいいじゃない。西南君可愛いんだもん。つい色手取り足取りついでに腰までとっちゃったりして、色んなことして教えてあげたくなっちゃうんだもん」いじけた声が返ってきた。
私だってその気持ちは分からなくもない。私だって西南君にはお母さんと瀬戸様が迷惑掛けている分、優しくしてあげたいと思っている。
けれど最後のは行き過ぎ。掴まる前に止めさせないと。その前にこのだらしのない格好も。
「天地ちゃんとこで貰ってきたのよぅ。ねえ水穂も飲みなさいよぅ」
「まさかほんものの神樹のさ……」
「そ、愛液……」
なんだろうこのとてつもなく意欲を削がれる気持ちは。
とは言ってもお酒は嫌いではないし、レプリカ商品の開発管理のためにも話に乗ることにする。あくまで開発管理のために。
「うわ、おいしー」
つい徳利に手が伸びそうになる私を母はニヤニヤと見つめた。
「なによ?」
「ふっふー。水穂が誉めるのって珍しいわね」
「そんなことないわよ。美味しいものは美味しいって言うし、素晴らしいものはちゃんと高い評価をつけているわ」
「えー、最近美味しいって言って貰ったことないわよ。ウチの店にも来てくれないし、宅配弁当のさえ注文してくれたことないじゃなーい。やっぱり私の手料理は美味しくないってゆーのね。瀬戸様の手料理の方がいいんだ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
 第一、懐かしくもなんともない親の手料理に金払う娘が何処に居るだろうか? 偶に食べるジャンクフードの方がよほど懐かしい気がする。
「水穂冷たい。すっかり瀬戸様の副官が板についちゃって私のことなんか忘れちゃったのね」
「あーもう、煩いわね、この酔っぱらい。まだたいして呑んでないのにそんなにへべれけなのよ。子供じゃないんだからもう少しペース配分を考えてよ」
「大ザル水穂と一緒にしないでよ」
 ケラケラと笑いながら母は自分の猪口に酒を注ぐ。
 こんな姿を娘に見せるような母には私は絶対になりたくない。
「せっかく飲むんだからもっと楽しい顔しなさいよ。お酒がもったいないわ」
きっと今の私は目が三角になっているだろう。母の視線を感じて振り向くと寂しげな瞳があった。
「ねぇ、私みたいになるのが嫌? そうよねやっぱり美守様ン家みたいなのがいいわよね。家族全員仲が良くて団結力があって、帰る場所ってかんじがするもんね」
「あのねえ、それは美星さんのことがあって……」
いや、それだけじゃない。根本的なことから違うのだ。冷たい風からを身を寄せあって生きる皇帝ペンギンのような風習は大樹が生い茂る樹雷にも灼熱の太陽が降り注ぐアイライにも無い。
「ねえ水穂、運命って信じる?」
「え?」。
「私は信じてないの」
 母鳥に餌を貰うような単純さで運命は有ると心の片隅で思っていた。父と母は運命的な結びつきで出会って惹かれ、引き裂かれたが再び出会い愛を成就させた。二人が再会したあの日、私は運命を信じたのだ。それなのに本人が運命ではないと言う。
やれやれと困った顔を作ってみた。
母はそんな私の顔をチラリと見てから話を続けた。
「流されてここにいるのかもしれないって偶に思うのよ。
例えるならどこかの停留所でバスを乗り間違えて全く違う街に居る気分。車内から見える景色も全く見覚えがなくて不安になるけれど同時にワクワクする。
昔の私が思い描いて景色と全く違うせいかしらね。
でも、どこかで変えることも出来たかもしれないじゃない。
例えば水穂が居ない世界。そこでは私はもう生きていなかったかもしれないし、もし生きていたとしてもアカデミーの理事長なんかじゃなくて、いいとこ料理屋の女将で、チェーン展開したりしてそこそこ儲けたりしている様に見えて青色吐息だったりするかもしれない。それはそれできっと楽しい人生よね?
でもやっぱり今の私の方が幸せだと思いたい。あなたがいて、あの人がいて、あの子が居た。流されて選ばされた先の景色かもしれないけれどそれでもいいじゃない?」
母が何を言いたいのか全く分からず私は、その声をボンヤリと聞いていた。
「私はねアカデミーが好き。興奮と理由のない自信と目の前に広がる未知の世界に誰もが虜になる。新しい教科書とノートを手に入れた瞬間って覚えてる? 皆中身を知りたくて興奮で目を輝かせているわ。夢とか希望って形がないと言われているけれどそれは嘘。あの瞬間は間違いなく夢と希望の姿。だから流されてこの景色が見える場所に来れて良かった。例え他人からは幸せには見えなかったとしてもね」
そこまで一気に言ってから母は猪口を煽る。
「ところで水穂、もう一杯どう?」
「あ、うん。ありがと」
何も言えなくなってしまい注がれた液体を飲み干した。甘い香りが鼻を抜けいき体中に広がる誘惑は優しくかつ確実に思考能力を停止させる。何かが少しづつ、そして確実に私を支配していく。
「この酒を飲むためなら全財産擲つ人が居るのも納得出来るわ。けどやっぱり樹によって少し味が違うのかしら、瀬戸様に頂いたものとは少し味が違う気がする」
「さすが水穂、するどい味覚ね。他に気づいたことはない?」
「少し匂いが強い気がするわ」
「口当たりはいいでしょ?」
「さすがね。甘い陶酔って言葉が似合う位心地良いわ」
「体調は?眠くなったりしない?」
「これ位じゃ酔わないわよ」
「う~ん、おかしいわね。もう効果があってもいい頃なのに」
母の呟きから一瞬で状況を理解した
「ってもしかしてこれレプリカ?まさか、実験台にするために私を呼び出したんじゃないでしょうね?」
「や、いやあねえ。そんなことないわよ。ほら、私も呑んでるし」
しどろもどろに言いながら、もの凄い勢いで徳利から酒を注ぎ飲み干して「ほらあ。大丈夫でしょう?」と私の顔をのぞき込んだ。
「お母さんトコで開発したんだろうし説得力ないわよ。今日のところは許してあげるから製造方法を教えなさいよ」
「あーーんアイリ酔っぱらちゃった。なーんにもわかんあぁい」言いながら母は私にしなだれかかる。
「ちょっとお母さんいい加減にしてよ」
「えー、水穂の方が大きいじゃない。なんでー? なんかショックだわー」
「ちょっとお母さん、どこ触ってるのよ、このセクハラ親父! ちゃんとベッドで寝なさいよ」
「えー、だってベッドまで戻るの面倒臭いし。水穂ちゃん連れてって。アイリのおねがあーい」
言うが早いがその体が重くなってゆく。まさか本気で寝るつもり? のび太君じゃあるまいし三秒で寝るな。
「あぁんやめてそこはダメなの。やめてぇ」
止めて欲しいのはこっちよ。叫びながら思わず足蹴りした。



(続く)

【SS】夢の在処 - すこまる

2010/08/01 (Sun) 22:15:57

「おはようございます」と職場の扉をくぐると水鏡の広いブリッジの脇から明るい声が戻ってきた。水鏡のブリッジはいつでも華やかで心地いい。
「おう、おはよう。早速で悪いんだがこのデータに至急目を通して処理してくれ。俺よりお前の方が良さそうだ」
兼光小父ははモニターを直接呼び出しこちらによこした。
「わかりました。瀬戸様がいらっしゃる前に早急に処理します」
「いやその、水穂頼みが有るんだが」
言い難そうな兼光小父の顔を見てピンときた。





「水穂ちゃん、オフは満喫出来た?」
真っ先に聞いてきたのは瀬戸様だった。
出勤早々兼光に頼まれたのは瀬戸様の回収。宇宙最凶のコンビは鷲羽様の研究室の一角にご丁寧に鄙びた温泉旅館の薄暗い宴会場風セットに囲まれて今も宴会真っ盛り。この無駄な演出というか凝りようが泣く子も逃げ出す哲学士気質だ。
柾木家の居間に繋がる鷲羽の研究室は地球とは繋がっていても実際はどこか違う場所にあり宇宙の主要な場所と繋がっている。従って水鏡と鷲羽の研究室の移動距離はおよそ一歩なのだが、その一歩がとてつもなく重く感じるのは私だけではないと思う。
「おはようございます。満喫どころか、酔っぱらいの母に呼び出されて貴重な休日がパーです」
ため息と文句が一緒に出そうなのを誤魔化すために早口で答えた。
「おや、水穂殿はオフ明けかい?朝一の仕事が瀬戸殿の回収とはご苦労だね」
「おはようございます鷲羽様。瀬戸様が随分お邪魔してしまったようで申し訳ありません」
ぺこりと頭を下げる。かんらかんらと鷲羽の笑う声が聞こえた。
「まあ慣れてるからね大したことないさ」瀬戸様が何かいいたいそぶりをしたのを遮るように鷲羽様は続ける。
「けどアイリ殿もタフ……、じゃなくて、いい娘さんをお持ちだね。ウチの娘なんざ研究室に来ないどころか顔を見ただけで逃げ出すわ」
「そりゃ鷲羽ちゃんが親なら魎呼ちゃんの気持ちも分かる気がするわ。
ウチの子も何か困ったことがあればすぐに船穂ちゃんのとこに行っちゃってちょっと寂しい。ノイケだってこっちに来てからは全く音沙汰なしだし。髪だってすっぱり切っちゃうし、何かあればすぐ家事がありますからとか言って逃げ出すんだもの。男が出来ちゃうとダメね」
不満げに瀬戸は言い、鷲羽は困ったように眉を寄せた。
「遊ばれるのが目に見えてるのに相談に来る命知らずなんかいる訳ないじゃないか」
「ひどいわ鷲羽ちゃん。それじゃ私が諸悪の根元みたいじゃない」
その通りです瀬戸様。と心の奥で同意すると、「と水穂殿も言ってる」鷲羽様。
「水穂までヒドいわ」
「私は何も申し上げていません」
「けど思ったろ?」と鷲羽様は私の顔を見ながらウィンクをよこした。
言い淀む私の顔を一瞬楽しんで話続ける。
「それはそうとアイリ殿って料理が上手いんだって?」
「鷲羽様のお口に合うかどうか分かりませんが、一応アカデミーで小さな食堂をやってます」
「そう鷲羽の毛穴にお店が有るのよ。今度行きましょうね鷲羽ちゃん」
「鷲羽の毛穴ってあそこかい?まだその名前が残ってるのかい?全くアカデミーの連中はろくな奴が居ないね」
「その筆頭は鷲羽ちゃんじゃない?」
「今はアイリ殿が理事長さ」
「じゃあ悪いことはみんなアイリの責任ってことにしとけばいいわね」
「あんまりイジメちゃ可哀想だよ」
「鷲羽ちゃんだっていつも楽しんでるじゃない?」
「あんだけ暴れてくれたらねぇ」
「哲学士ですもの仕方ないわよねぇ」
瀬戸は扇子で口元を隠していつものようにニヤリと笑った。
「滅茶苦茶だけど放っておくと自分で止まる分だけ昔の誰かさんのより優秀さ」鷲羽はしれっと笑う。
「瀬戸殿に遊ばれながら理事長やるってだけでも面倒なのに、さらに食堂まで経営するなんてアイリ殿も本当にタフだねえ」
「昔、美味しいものを作れれば何処でも生きていけるとある方言われたとか。それ以来趣味と恩返しも兼ねて食堂に立っているようです」
「美味しい物を作れば何処ででも生きていけるか……」
鷲羽は遠い目をしながら呟く。その姿を瀬戸は懐かしそうに見つめた。
「きーめた。これからアイリ殿の食堂に行こう」
鷲羽は水穂の手を掴み転送ポートへトコトコと歩き出す。振り解こうとするが意外に強い力で抱え込まれ水穂は引きずられる様に歩き出す。
「え? 鷲羽様?」
「水穂ちゃんて以外と母親思いなのね。可愛いぞ、こんちくしょう」
鷲羽は水穂の抱き寄せ頬ずりをする。
「あーウチの子もこんなならいいのにー。羨ましい」
ああコレが教え子が蜘蛛の子を散らすように逃げたという伝説の博愛固め?見事に決まっていて逃げ出すことも出来ない。
「鷲羽ちゃんだけ楽しもうだなんてズルい。私も行くわ。道案内も必要でしょ」
瀬戸様は水鏡にお戻りください。と言いたいのに声が出ない。
鷲羽に技を決められ薄れゆく意識の中で銀河最悪の魔獣達の楽しげな声が遠く聞こえていた。


(続く)

【SS】夢の在処 - すこまる

2010/08/01 (Sun) 22:21:48

鳩が豆鉄砲食らったような顔という表現は確かに的を得ている。目の前に居る母の顔がその実例だ。
「日替わりランチ3人前ね。ご飯は大盛りでね」
いらっしゃいと言ったきり固まってしまった母に注文すると瀬戸は店の奥にあるテラス席に向かう。
「此処がかの有名な鷲羽の毛穴よ」
と席に誘うように瀬戸が振り返った。その後ろにアカデミーでも最も有名で最もアカデミーらしい景色が見えた。
「なかなか良い所じゃないか」
テラスの手摺から身を乗り出すように鷲羽は辺りを見回した。ゴツゴツと地層が露出した断崖絶壁と澄んだ蒼を湛える海と空。どこか神聖な神殿を思わせるそれは「鷲羽」と冠がつくのにふさわしい景色に思える。
「ようこそおいでくださいました」立ち直ったらしい母は盆にグラスを載せながらやってきた。
「ふふふ。水穂ちゃんも瀬戸殿もアイリ殿の料理が美味しいっていうからさ」嬉しそう笑いながらに鷲羽は言う。
「瀬戸様や鷲羽様には及びませんよ。好きなだけです」
「そんなこと無いわよ。昔は料理がド下手糞だったのに、今じゃ常連と弟子が宇宙中に居る位の腕になったじゃないの」
「瀬戸様あ。それは言わない約束ですよ」
アイリが睨むと瀬戸は口元を扇子で隠しながら優雅に笑ってみせた。
「あらいけない。日替わりランチ大盛りでしたね」と確認し母は厨房に急いで戻って行った。
「宇宙中に常連!こりゃまたすごいね」
「別に大した料理じゃないんですよ」
「そういう料理の方が美味しいのさ」
鷲羽はアイリの後ろ姿を見ながら呟く。
「アカデミーを作って良かったのかもね」
「え?」
「なんでもないさ。只の独り言さ。ところで今日の日替わりって何だい?」
「唐揚げ定食。大盛りだと唐揚げも一個多いのよ」
「瀬戸様! なんでそんなことをご存じなんですかまさか偶に居なくなるのはこんな所まで遊びにいらっしゃってるんじゃないでしょうね」
「だって、水鏡でお弁当の注文もしないし、偶に余所の味が食べたくなるのよ。今度は水穂も連れてきてあげるから」
「だめです」
強く言い放つ。
「こりゃすごい。瀬戸殿も常連なのかい?こりゃ楽しみになってきたよ」
「鷲羽様ぁ」
久しぶりに訪れた昔の景色を味わう暇もなくいつもの騒ぎが始まる。
テラスから見える景色は私が伸びた身長分高く見えた。久しぶりに食べる唐揚げ定食はどんな味だろうか?トラブルメーカー達に流されるのも悪くない。ちょっとだけそう思えた。


─ END ─

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