天創館掲示板

【SS】瞼と空の色 - すこまる

2010/08/01 (Sun) 22:41:39

眩しくて目が開けられない。
屋上に降りそ注ぐ灼熱を溜め込んだコンクリートから熱が伝わる。9月の始めの太陽はまだ高くて、校舎の屋上を溶鉄のようにして昼休み過ぎに横たわる者の背中をジリジリと焦がす。



チリン。
まだ此処?また此処?
午後の授業に戻ろう。6限まだやってるよな?現国の森田に怒られるのも良いかもしれない。でも立たされるのは嫌だなあ。そういえば教科書を那須に貸したままだ。隣の席の三澤見せてくれるかな?


チリリン。
やばい。このまま此処に居るとまた暗くなってしまう。
背中が灼ける。全身汗だくで気持ち悪い。でも眩しくて目が開けられない。
どうしよう。

チリ、チリン。
瞼が赤く染まる近くで誰かの気配がする。
どうせなら起こしてくれないかな。
俺、こんなに苦しいんだから。







恐ろしく黒い何かが覆い被さるような気がして飛び起きた。体は既に臨戦状態。例え何が襲ってきても……
「どしたの天地殿」
ひょっこり目の前に現れたのはラフな格好をした鷲羽。左手に魎皇鬼の手を握り、右手にはキャップを外した黒い極太マッキー。
「鷲羽ちゃん、それはなにかなあ」上擦り声で恐る恐る聞く。
「あほうペンよ。寝ている子のおでこに『バカ』とか『肉』と書くと効果的♪」サラサラと俺のおでこに何かを書いていく。
「バカ」
くっふふー」このわざとらしい特有の笑顔が相手にどんな効果を与えるか知り尽くしている。苦い顔の俺を見て鷲羽ちゃんは話を続ける。
「まさかストッキングを穿いた足が夢に出てきて寝不足? そういう青い夢なら鷲羽ちゃんが解決してあげようか?」
「だ、大丈夫だよ」思わず意味のわからない返事を返すと鷲羽ちゃんは意味ありげな顔をした。
「それにしてもすっかり拓けて一面の人参畑ね」。
「俺にはこれ位しかやることないからね」高校を中退してから唯一の成果と呼べそうなものを見渡す。
「ウチの娘の為にありがとうね。魎皇鬼、アンタもお礼言うのよ」
「みゃあ」
促されて魎皇鬼はお辞儀をする。揃えた両手がとても可愛らしい。
良くできましたと鷲羽が頭にポンと手を置くと魎皇鬼は誇らしげな顔を俺に向けた。
「どういたしまして」と言うと魎皇鬼は嬉しさのあまり鷲羽の周りをピョンピョンと飛び跳ねてから走り出す。
「昔ね、畑をやっていんだけれど、人参だけはなかなか上手に出来なくてね。これだけ良く出来ていれば宇宙でも売れるわよ」
「みゃあ、みゃあ」遠くから魎皇鬼から抗議の声を上がる。
「大丈夫、これはみーんなお前の為の人参だよ」
大声で叫ぶと魎皇鬼は大きく万歳をしてよこした。
「それにしても鷲羽ちゃんが畑仕事なんて意外だなあ」
「そう?農業惑星出身だし、ウチは自分のことは全部自分でするっていう教育方針だったから自給自足は当たり前。大概のことは出来るわよ。それに自分でやると何でも楽しいじゃない?」
「俺、実は畑仕事好きじゃなかったんだ。倉敷の街に引っ越した時に真っ先に思ったのはもう畑仕事しなくていいってことだったし」
「ふふふ。ウチの子供たちもね、最初は嫌々畑仕事をしてたわ。やらされているうちに疑問に思うの、どうして自分はちゃんと畑をやっているんだろうって。それで気づくのよ、本当は畑仕事が好きな事に。
それからがもう大変、本格的に農業経営を始めちゃってね、結局、ある子は大きな畑を耕す大農家になったわ。最初は一番大嫌いだったのにね。
これこそ嫌い嫌いも好きのうちってヤツよね」
春の日差しのように鷲羽は笑う。
「その諺なんか違うよ。どっからそういう言葉覚えてくるの」
「え? 勝仁殿の話と信幸殿の漫画だけど」
うちにはロクな情報源が無いらしい。
「でも何かを成し遂げる為の時間や程度は人それぞれ違う。それを解決する手段は一つしかない」俺の目をまっすぐ見つめる。
「待つこと」と鷲羽はとろける様な優しい声で告げる
「何かを感じ、必死に考えて選択しようとしている途中だってことを忘れちゃいけない。例えば逃げ出すこともひとつの答えかもしれない。自分で考えて出した結論を否定する権利なんて誰にも無いわ」
鷲羽ちゃんの緑の瞳に青に囲まれた俺が居た。
「もし望む答えが出なければ、求め続ければいい。
例えば1足す1の解が2というのが不都合なら二進法で解を求めてみるのも一つの方法。因みに解は10になるわ。何も糞真面目に正面から問題を解く必要はない。宇宙一の天才のこのアタシが言うんだから間違いない! 二進法なんかよりもっと良い方法があるかもしれないし、実ははないかもしれない。少なくともアタシはそうやって、無限の可能性を探しているわ。今考えるとウチのお母さんの教育方針って哲学士風だったかもしれないわね」
最後に少し恥ずかしげに目を伏せる。身の上話をする彼女の瞳を見ていると、本来の優しい姿が見えるようでドキドキする。俺はいつの間にかかいていた手汗を急いで作務衣に擦りつけた。
「諺で言うと、待てば海路の日和ありってことよね」先ほどの表情を微塵も感じさせず鷲羽はいつもの笑顔を見せる。
「それってやっぱり」
「勝仁殿よ」
「やっぱり」俺は力なく項垂れた。
「さ~て、そろそろ散歩に戻るわ。魎皇鬼をこれ以上放っておくとどこか行っちゃいそうだしね。邪魔して悪かったわね」
ピョンと音がしそうなほど軽々と立ち上がり、鷲羽は辺りを見回す。
「俺の方こそ散歩の邪魔してごめん」
「困った時は鷲羽ちゃんにお任せあれ。天地殿の頼みならなんでも聞いてあげるわよ」
にっこり笑ってから普段は見せない魅力的なウィンクをして鷲羽は駆けてゆく。
「こ~~ら待てぇ、魎皇鬼」
「みゃ~~ん」
楽しげな声が青空に色を添えた。



(続く)

【SS】瞼と空の色 - すこまる

2010/08/01 (Sun) 22:46:52

ゴロンと横になる。
充分寝たはずなのに自然と瞼が下がってくる。
あの頃の景色が見える。彼女達と出会う少し前の俺。あの頃は女の子にすごく興味があって、ちょっとエッチな写真集を教室で皆で歓声を上げながら見たり、彼女がいるクラスメイトが羨ましくて、ナンパでもしよう息巻いてと友達とゲーセンに行ったは良いけれど、結局誰にも声を掛けられなくて男だけでポテトを食べたり、学校が休みの日はいつまでも寝らいられたけれど、昼前に玲亜さんがやってきて、豪快に布団を引っぺがされTシャツと下着で寝ている俺はコソコソと部屋を飛び出してた。いつも愚痴を言っていた気がする。
先日、倉敷の街に降りた時、街は雨で灰色に染まっていたのに、何故かその風景が眩しかった。
俺が通い状況的に俺が壊した学校が新校舎になって、俺の知らないことを話すクラスメイト達はなんだか宇宙人みたいで、きっと春には新入生がやってきてどんどん俺の知らない景色が増えてゆく。
車でたった三十分足らずの距離なのに遠くて毎日あそこに通っていた俺なんてこの世に存在していなかったんじゃないかと思う。
俺はあの場所に居たかったんだろうか?
それとも……



「おい、天地サボってんじゃーねーぞ」
寝ころんで空を見ていた俺の目の前に現れたのは魎呼だった。昼寝を邪魔されたのは本日二度目。魎呼の顔の後ろに見える太陽はずいぶん高い。
「いいんだよ、今日はサボることにしたんだ。魎呼こそどうしたんだよ」寝ころんだまま答える。
「アタシは散歩だよ散歩」魎呼の左手は魎皇鬼に繋がれている。
「お座敷犬じゃあるまいし魎皇鬼との散歩を日課にするなんて鷲羽の奴は酔狂以外の何者でもないと思わないか?」
「けど、散歩してる」なんだか急に可笑しくなってきた。さっき鷲羽ちゃんはなんて言っていたっけ?
「だって魎皇鬼が誘うからさ」不満言に魎呼は言う。
「仕方なく?」
「……おう」言葉とは裏腹にとても言いにくそうで、俺は口角が上がるのを抑えるのに必死になる。
「鷲羽ちゃんがそれは、嫌い嫌いも好きの内だって言ってたぞ」
あれはきっとこういう意味なんだ。
「なんだよそれは」
「それに家から此処まで歩くのも悪くないだろ?」
「魎皇鬼がトンボを追っかけて行きそうにならなければな」そっぽを向きながら魎呼は言う。
そんな魎呼の顔が見て見たくなって俺は起き上がり魎皇鬼に確認した。
「魎皇鬼はもうトンボを追っかけていかないよな?」
「みゃあ」魎皇鬼の顔に浮かぶのは勿論という表情。
「魎呼と散歩するのは楽しい?」と聞くとこれにも満面の笑みで答えて見せる。魎呼は耐えられないのかくすぐったそうに目線を泳がせた。
「トンボじゃなかったかもしれねぇな」
「蝶でもないよな?」
「みゃあ!」
「じゃあ、そうだよアレだよアレ」
「アレなら仕方ないよな」
「みゃ~!」
照れ臭そうなな宇宙海賊と笑い出す寸前の俺と必死な宇宙船。なんて可笑しい組み合わせなんだろう。
「あはははは」
急に笑い出した俺を魎呼は怪訝そうにを見る。
「いきなり笑い出すなよ」
もし俺が魎呼の立場だったら絶対に困ると断言できる。けど可笑しいんだから仕方ないよな。空を見上げながら大声で笑うと涙が出てきた。
「おい。天地。他人の顔見てから大笑いするな!」
そういえば最近は大笑いなんてしていなかった気がする。
「天地ぃ?」「みゃあ」と二人が心配する声が聞こえたが笑い続ける。
「あはは、ごめん魎呼。なんだか急に可笑しくなってきてさ」
やっとのことでそれだけ言うと再び笑いがこみ上げてきて続けられなくなった。
あははと笑い続ける俺を心配するように魎皇鬼は手を繋いでくる。その小さな手が水のように体内に広まって俺の感情の渦は凪いでいった。
「もしかして鷲羽のヤツがなんかしたのか? だからアタシに……」
「魎呼、お前の顔を見て笑ってたわけでも、鷲羽ちゃんに一服盛られたわけでもないよ。たださ……」
「なんだよ?」
「俺、結構下らないことで悩んでた気がしてさ。そう考えたらなんだか笑いが止まらなくなったんだ」
「やっぱり鷲羽のヤツに何かされたんじゃ」と眉をひそめる魎呼。
「ところで魎呼、散歩ってどこまで行くつもりなんだ?」
「あ? ああ、別に大した処じゃねえよ」話題を急に変えたことが明らかに不満のようでそっぽを向いている。
「昼飯を鷲羽のヤツが作るから何がいいか聞いてこいって。砂沙美達もいないしな」
「鷲羽ちゃんのご飯か、久しぶりだなあ」
「なんだよ天地、やけに嬉しそうじゃないか。今日のお前なんか変だ。やっぱりアイツとなんかあったんだ。絶対そうだ」
「鷲羽ちゃんとは今朝少し話したけど、何にもされてないよ」
「でもなんか有ったんだろう」魎呼のしっぽのアクセサリーが不機嫌そうに揺れる。
「何もないったら」ついつい語尾が粗くなった。なんで俺は魎呼にはいつも言い訳ばかり言っているんだろうか。
「ふぅん、わかったよ」
もう魎呼の尻尾は揺れていなかったが、その瞳には明らかに失望の色があった。
俺はそんな目をさせるつもりなんかなかったのに。どうすればよかったんだよ、クソッ。
険悪な俺たちを諫めるかのように魎皇鬼が「みゃあ」と目を三角にして低く鳴いた。
「りょ~おうき、お前何時からそんな生意気になったんだよ。鷲羽の入れ知恵か?それとも砂沙美か?アイツ耳年増だもんな。やっぱり津名魅のせいだな。ったく女神のヤツラはろくなことしねえ」
「みゃ!」
魎呼達は文字通り額を寄せ合い言い争っている。
「違う!」
「みゃ!」
「あのなあ」
「みゃあみゃあ」
会話の内容は分からないがどうやら魎皇鬼のようが優勢のようだ。
「天地もそう思うだろ?」
「は?……ああ」急に話を振られ思わず相槌を打つ。
「な、天地もこう言ってる」
「みゃ」
「ほら」と言うが早いが魎呼は俺を抱き寄せて魎皇鬼に向かった。少しは抵抗力がついたとは言え女の子の柔らかい胸がいきなり目の前に現れると頭が真っ白になる。
「おい魎呼いきなり何を……」
「話を合わせろって、コイツ怒らすと恐いぞ」小声で告げてくる魎呼はなんだか小学生みたいでなんだか酷く懐かしい。
けれど伝わってくる魎呼の熱には現実感がある
「ところで天地。その額のバカって文字なんか意味あんのか?本当にバカみたいだぞ」
急いで手のひらで額に書かれた文字を消そうとするが、油性マジック書かれた文字はなかなか消えてくれない。必死になる俺を魎皇鬼は心配そうに、魎呼は大笑いしながら見ている。
 それを見つける俺。
 俺を見る魎呼達。
目の前の彼女達の後ろに広がる空は青い。
この青い空の下で、俺はちゃんと生きている。
彼女達と共に────。




─ END ─

御投稿ありがとうございました - いなば URL

2010/08/02 (Mon) 06:25:12

>すこさん。
 暑い日が続いていますが、お元気でしたか?。

 この度は、御投稿ありがとうございました

 夏コミの頃までに、創作館へアップ出来ればと思います。


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